人生の最後を見送る

人生の節目にやってくる冠婚葬祭は、誰もが必ず通らなければない儀式と言えるかもしれません。
年齢を重ねるにしたがって大人へ、そして、人生の最終章を迎える。
生きている人間は、いつか必ず寿命を迎えて死んでいくでんす。
人間が迎える人生の最後の儀式が葬儀ということになるわけです。
まだ、まだ、若くて人生経験が少ない頃は、身近な人の葬儀の出席するということがありませんでした。
葬儀には、服装や立ち居振る舞いなど、マナーがあります。
「このたびはご愁傷様です」と亡くなった遺族への言葉かけなど、初めての葬儀に参加させて頂いたときには、緊張して下が回らず、しどろもどろになったことを思い出します。
御線香をあげる時には、一体、何回、頭の前でお焼香を繰り返せばいいのだろうと考えながら、前の方の様子を緊張しながら伺ったこともありました。
何事にも経験が大事で、何度か葬儀に出席して慣れてくるものです。
でも、親しい人の葬儀に出席しなければならないというのは、とても悲しいものです。


どのようにするか家族と話しておこう!

人よりは多く人の死を見てきたと思う。
1番はじめは父親だった。
仕事中の事故で、あっけなく。
そんなに小さくはなかったけれど、あまり突然だったので受け入れられなかったかもしれない。
次に姉だった。
二つ違いの姉は、がんに冒され、進行も早く10代最後の春逝ってしまった。
高校生だった私は、悲しみも大きかった。
それからおじさんや、看護師として働いていた私は、患者さんのお葬式に行くことも少なくなかった。
若くして逝った人、長く煩っていての末の死。


葬儀の形も今はいろいろだが、今は霊柩車の需要も質素に、昔はそれとわかる車だったが、あまり目立つものは需要が少ないと聞いた。
お葬式も親族だけで行うことも多くなる傾向だそうだ。
故人の意志出来るだけにそうのが、ベストだと思うが、人の死はいつ訪れるかわからないから、日頃から家族とそういったこともきちんと話しておいた方がいいと思う。
家の母もかなりの高齢だが、葬式についての考え方は、時に変わったりする。
私も今は、自分が死んだら、お別れの式のような形で、私の好きだった音楽とお花でも飾って、在りし日の思い出話に花を咲かせてほしいと思っている。